上賀茂通信 〜社員リレーブログ〜

「法律文化社」の社員によるリレーブログです。

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〈上賀茂通信〉休止のお知らせ

〈上賀茂通信〜社員リレーブログ〜〉のご愛読ありがとうございます。2007年7月より2年間続けてまいりましたが、一旦お休みさせていただきます。長きにわたって、拙い文章をご愛読いただきましたこと、お礼申し上げます。
なお、このブログページにつきましては、8月中は閲覧いただけますが、8月末日をもって閉鎖いたしますことをお断り申し上げます。
また新しい形で京都から発信できればと考えております。小社ホームページについて今後もご指導いただければ幸いに存じます、ありがとうございました。
                             ホームページ委員会

人権<論>のその前に

ある人がなんらかの言動に痛みを感じ、それを痛みとして認知する他者の存在によって問題は問題として構築されます。ある人がどんなに痛いと感じても、どんなに嫌だと感じても、そのことをわかる人がいなければ問題とされることはありません。

嫌なことを嫌だと言うこと、そしてその嫌だという気持ちを尊重することが、人権を守るということだとすれば、その気持ちを尊重できないこと、その気持ちに気づくことすらできないことというのは立派な人権侵害ということができるでしょう。

ある慣習を是とする社会があるとします。そのなかにはその慣習に疑問を感じない人もいれば、疑問を感じ嫌だと思う人もいます。

たとえば、酒宴におけるお酌。ここでいうお酌とは、その社会のなかで権力をもつ人に対して、もたざる人がお酒をグラスに注ぎにいく営みをさします。もちろん、近くにいる人に好意としてお酒を注ぐ行為や、何らかの労をねぎらうためにするそれはここで言うお酌には含まれません(もっとも、見方によっては、注がれる人もつぎに飲みたいものを飲めなくなるという意味では、その自由を制約しているということもできることに留意しなければいけません)。

かつて、権力をもたざる女性が権力をもつ男性にそれを暗黙のうちに強要していた時代があったということはみなさんもご存知のとおりです。この営みによって、男性は意識無意識を問わず権力を誇示し、その優位を外形的にも明白に作り上げようとしていました。いわゆる男尊女卑という考え方によるそれは、人権侵害として問題とされました。その問題はみんなの問題として考えられ、改善されようとしています。

しかし、先に挙げたお酌の例をとっても、少しかたちを変えて解決されないままになっていることもたくさんあります(男性の上司から男性の部下へのそれ)。やりたい人はやればいい、それは自由です。ですが、それを権力をもつ人が権力をもたない、それを嫌だと思っている人に強要するのは問題ですし、立派な人権侵害です。それを嫌だと思っている人に「挨拶まわりのようなものだ」なんて堂々といって暗にお酌をしてまわらない人のことを批判する権力者が現存することには失望せざるを得ません。

人権問題を考えるさい、わたしたちに求められるのは想像力です。人権を侵害しているということについて無自覚なことほど危険なことはありません。
他人がなにを嫌だと思い、なにに痛みを感じるか。ちょっと立ち止まって考えることで、社会は少しいいものになるのかもしれません。

さて、1ヶ月にわたりお話させていただきました新人編集者の担当も今回でおしまいです。
さらに、このリレーブログ自体もこれにて最終回ということになりました。長きにわたるご愛読ありがとうございました。それでは、またお会いするその日を楽しみにしております。

                                                編集部 K

人にやさしく

編集会議で某大学にお邪魔したとき、ひときわ目をひくポスターを発見しました。
その文言をはっきりとは記憶していないのですが、たしか「使い捨て割り箸、使い捨て歯ブラシ、使い捨て教職員」といったように、世にあふれる<使い捨て>用品を列挙し、常勤ではない外国語や教養の教員等の待遇の悪さを訴えるポスターでした。

そのフレーズのインパクトの強さはもちろん、その現状には特筆すべきものがあります。

安い賃金で都合の良いように使い、そして用が済めばゴミくずのように捨てる…
営利を求める団体のなかで、力のないものが淘汰されるということは、ある程度、受容しなければならない現実なのかもしれません。しかし、ただ都合の良いように使い、そして意に沿わなくなれば捨てるというのでは、セーフティネットが充分に整備されていない現在の日本においては安心して生きていくことはできないのではないでしょうか。

これはいうまでもなく非常勤の大学教職員だけにいえる問題ではありません。近年、問題とされている派遣切り、さらには現在的問題とされ注目を集めつつある正社員切りなど、どの職種どの職場においても身近にせまりつつある問題なのです。

労働者は労働<物>ではありません。弱い立場にある労働者が職務継続を希望する場合、その職場(部署)で力を出せなかったということや、単に任期が切れたということを理由にして使い捨てる前に、他に代替する方法の有無を検討する必要があるのではないでしょうか。

すべての事柄にオールマイティに対応する力があるということがベストであるということに異論はありません(もっとも、そのような人は、使い捨ての対象にはならないのかもしれませんが…)。

ですが、たいてい、人にはそれぞれ得手不得手というものがあります。良いところを正当に評価しようとはせず、悪いところ足らないところにばかり目をやり、非難し、やる気をそぎ、さらにはできないのは「自己責任」とでもいいたげに退職へと追い込むような方法には異論を差し挟まざるを得ません。いわんや単に任期による契約打ち切りというのは、言語道断。もはや語るに値しないというべきでしょう。

「自己責任」を強調する世の中であるからこそ、使い捨てではない、人へのやさしさというものが求められているのではないでしょうか。

さて次回は、日常生活のなかで感じた「人権」についてお話したいと思います。

                                                 編集部 K

たたかう編集者

「職業は?」と問われ「編集者です」と応じると、だいたいの人が目を輝かせながら「どんな雑誌作っているの?」ときいてくださいます。「いや、雑誌はやってないのです」と応えると「じぁ、何やっているの?」と一転してあやしい奴を見るような目をしていぶかしがられます。

「編集者」というと、たいていは取材などで全国を飛び回っているようなイメージをおもちで、なんとなくかっこよくきこえるのかもしれません。…が、学術専門書を扱う出版社における編集者の仕事はとてつもなく地味です(その地味な仕事の裏にはさらに目立たない縁の下の力持ちがいるということへの感謝の気持ちを忘れずにいたいと思っています)。
それでも、それぞれが信念をもって(そうでない人もいるようですが…)、日々、たたかいながら、本づくりに取り組んでいます。

そんなある日、出席していた学会でつぎのような発言をされている研究者に出会いました。
その研究者は某学会のあるシンポのなかで、「日本は研究者による査読つきの学術論文よりも、素人の編集者に声をかけられて書いた研究書の方が評価されるおかしな国だ」と発言されていました。

たしかに、その指摘はあたらずともとおからず。日本では学術雑誌でさえ第一線で活躍する研究者による査読システムをもつものはまだまだ少なく、研究書となると皆無に等しい状況です。

だからといって、そのように揶揄される現状のままでいいのかというと決してそうではないでしょう。学術文化の発展のためには、編集者も素人であってはならず、それぞれが専門分野をもつ研究者であるべきだと考えています(上っ面の知識をひけらかして「何でも知っている」とでも言いたげな人もいるようですが…)。

ですが、このことは、まさに「言うは易し」で、一時期に何冊もの編集を受け持つ(司法試験受験生よろしく現状では領域さえも異にすることが少なくありません)編集者が研究者たるには幾重の障壁が待構えています。
まずは、それぞれの分野で「素人」と揶揄されないよう研鑽を積む必要があるでしょう(担当する分野についてほとんど知識がないにもかかわらず開き直っている編集者もいるようですが…)。
そのためには、編集者もある程度の<専門化>が必要であるということがいえるのではないでしょうか(編集担当も適材適所でそれぞれ信念をもって取り組むべきでしょう)。

さて次回は、ある印象深いポスターから感じた、人への接し方ついてお話したいと思います。

                                                 編集部 K

新人編集者のつぶやき

ようこそのお運び、あつく御礼申し上げます。

法律文化社の縁の下の力持ち。まっすぐに仕事にとりくむ姿勢はとても尊敬でき、普段はやさしく明るいムードメーカー。営業部Aさんからバトンを受け継いだ2年目の新人編集者のKです。これから1ヶ月よろしくおつきあいください。

このリレーブログ初登場のため、わたしもAさん同様、自己紹介からはじめさせていただきます。

わたしは大学・大学院ともに、法律畑で過ごしてきました。…が、それにもかかわらず、大の法解釈学嫌いという変わり者です。
もっとも当時からその兆候はみられ、専攻は、大学では刑事政策、大学院では刑事弁護実務、と純粋法解釈学とは一線を画するところでした。さらに、研究テーマは、貧困(とりわけ野宿者問題)と犯罪現象(刑罰国家論を含む)とを中心とする社会的排除論です(さいきんは、ベーシック・インカムにも興味大)。

あるとき自分がやりたいことは法律学ではなく社会学であるということに気づいたわけですが(ですが、ちゃんと学位は修得しました)、社会学を修めるには語学力が不可欠なのですが、こちらはからっきしダメはわたし。

さて、どうするかと思っていたところで偶然、小社の求人を見つけ、社会経験だと思い試験を受けてみたら合格。一社一中の就活で、あれよあれよとことが運び…
嫌いだけど一通りはできる法律学の知識も、好きな社会学の知識も活かせて勉強もできる編集者という仕事に活路を見出だし、現在に至るというわけです(翻訳の企画も担当していますが、語学は調べてできれば必要十分)。

入社してから1年と3ヶ月。現時点で13冊の企画を立案し、『刑事訴訟法講義案』『被告人の事情/弁護人の主張―裁判員になるあなたへ』という2冊が刊行されています(上司とともに担当させていただいたものとしては『リアル憲法学』『社会保障法学会誌24号』等があります)。

「2度読む価値のない本は1度読む価値もない」(ウェーバー)、「いまとは違ったやり方で考える」(フーコー)をモットーに、これまでの小社のイメージをうちやぶる良質な学術書を刊行していきたいと考えています。どうぞ、ご期待ください。

さて次回は、新人編集者がみた編集者の世界、これからの編集者に求められるものについてお話したいと思います。

                                                 編集部 K

自分の役割

はじめにも書きましたが
私は小学3年生と保育園児6歳の二児の母です
現在、小学校のほうでPTA役員をやっております
いつかは役がまわってくるということで
今年思い切って立候補しました
私の担当の仕事まではしばらくあるのですが
役員全員の仕事として『ベルマークの集計』という作業があります
先日、子どもが見慣れぬ手提げ袋を学校から持ち帰ってきました
その中には大量のベルマークが!!!!!!!!
「こんなに細かい断片を整理し、集計するのか!?」
と愕然としました
その夜、作業すること2時間少々
睡魔と闘いながら合計2000点ほどの集計作業が終了しました
(ちなみに1枚ほぼ1点です)
正直、二度とやりたくないと思いました
が、毎年だれかが学校や子ども達のためにする作業・・・
(それでピアノを購入することだって可能なのです!?)
PTAの役員だってそうです
小学校でも、保育園でも、家庭でも、職場でも
いろいろな場面でそれぞれの役割があり
それをこなすことでみんながまわっていく

普段あまり意識しなかったのですが
「自分の役割とはなんだろう」と客観的にみようと思い始めました
年齢的にはもっとはやく気付くべきことだと思いますが
がむしゃらに走る時期はとっくにすぎているので
まわりをよく見て立ち居振る舞いができるようになりたい

いちごキャラメルのやさしい甘さを思い出しながら考える昼下がりでした

今回で営業部Aのブログ担当は終了いたします
次回からは編集部のK氏が担当します
乞う!ご期待

営業部 A

Aからのオススメ本

とうとう入梅宣言を受けた京都です
毎年、京都は祇園祭の頃までじめじめとした天気が続きますが
去年は雨が少なかった分、今年は多いのでしょうか
「ゲリラ豪雨」なんて言葉もあるくらいなので、突然の集中豪雨には気をつけないといけません

さて、裁判員制度施行から3週間ほどたちました
全国初裁判員裁判が8月3日に東京地裁で行われる予定です
東京足立区女性殺害事件
被告人は起訴状の内容をおおむね認め、遺族らに謝罪する意向を示しているそうです
ほかにも、大阪女児虐待死事件も裁判員裁判の対象となっていますが
新聞記事を読むだけでも、胸がしめつけられます
子をもつ親として、虐待死させた被告人の裁判を冷静に判断できるかというと私には自信がありません

そのような世情のなか小社の刑法・刑事訴訟法分野の書籍が充実してきました!!
『被告人の事情/弁護人の主張』村井敏邦・後藤貞人編
は、実際に起こった事件を取り上げ、裁判例を弁護人の立場からわかりやすく解説
弁護人による[ケース報告]に対し、研究者・元裁判官の[コメント]を加え、[トピック]でフォローする構成をとっており、一般人の私でもわかりやすく
そしてなにより読みやすい!
裁判員制度導入によりようやく裁判について考えるようになり
法律の専門家である検察官に対し、法律に素人である被告人がフェアに裁判を受けるため
専門家の弁護士がつく・・・ふむ 納得
今までなぜ極悪非道人や、罪を認めている被告人に、なぜ弁護士が必要なのだろうと私は疑問でした
対等にするためなのですね(ふむふむ)

もう一点ご紹介します
『刑事裁判の心〔新版〕』木谷明著『事実認定の適正化』同著
当初、営業経理担当ではなかった私は、この本ができる際に本作りのお手伝いをした、思い入れのある本です
木谷明先生のお人柄がよくわかる、こちらもまた読み物としてもおもしろい1冊です
他にもたくさんありますので、この機会にぜひご一読を

営業部 A

発見!!

今回2回目のブログ更新となりますが、1回目更新後、数名の社員から表題について質問がありました
前回の表題「熟々と」は「つらつらと」と読みます
熟々:[副] 念を入れて物事を考えたり、見たりするさま。よくよく。つくづく。


では、2回目もはりきってまいります

わが社の社名「法律文化社」ですが
初め、私は法律書専門出版社と思っていました(社長スイマセン・・・)
しかし、図書目録にも「人文社会科学全般」と謳っていますように
法律書を軸に幅広いジャンルの書籍を出版しています
書棚を熟々見ていると、目に飛び込んできました!!
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(カバーの配色が渋くてステキ)
控え目に、裏の本棚の右隅に並べられた
『生物の科学』八木沼健夫他著(法律文化社,1993)
内容はいたって真面目な大学教育課程に沿う、生物学テキスト
中を覗いてみると
「大腸菌T2ファージ」、「ボネリムシの雌・雄・間性」等々、
図表も惜しみなく掲載される本テキストは
A:「ソソラレル〜」(いたって個人的感想です)
生物科学にオタク的な興味をもっている私はドキドキしました

小さい頃から図鑑を見るのが好きだった私は
「動物」やら「植物」、「鳥」、「海の生物」など
頁を綴ってある紐がばらけるほどに何度も繰り返し見ていました
大人になった私に弟が「おねえさん、これ、読んでみる?」
と1冊の本を貸してくれました
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『へんないきもの』早川いくを著(basilico,2004)
この本には今まで出会ったことのない生物が紹介され、読み物としてもおもしろい内容でした
その後、私は結婚し、子どもが産まれ、自然豊かな京都市内の北部に引っ越したのですが
数年前に読んだ本に載っていた生物に突然出会ったのです
子どもが捕まえてきたカマキリのおしりから変な糸状の物体が!?
それは「ハリガネムシ」というカマキリに寄生していたムシが
宿主が衰弱したため、外にでてきた瞬間でした
「これが噂の『ハリガネムシ』!」(最近ではかなりポピュラーになったムシだと思いますがグロなので写真掲載ひかえます・・・)
と驚いたのと同時に街中にはない自然環境を実感しました

わが社には、残念ながらハリガネムシのことを書いた本はありませんが
自然科学・教育・歴史・芸術など、法律以外のジャンルも扱っております

営業部 A

熟々と・・・

はじめまして 営業部 営業経理を担当していますAです
社員リレーブログには初参加しますので
温かい目で見守っていただけると幸いです

さて、初参加といたしまして
まずは自己紹介、ならびに私が担当している仕事について

入社6年目を迎える私は2児の母
下の子が生まれて3ヶ月のときに入社しました
その長女も先日6歳を迎えたわけです(この間あっという間でした!下の子の小さいときの記憶があまりありません・・・)

営業経理の仕事に就いては3年目ですが
ようやく仕事に慣れてきたところです
主には伝票の起票・管理
取次さんへの出荷や請求・支払の管理
個人のお客様からのご注文も承り、発送、そしてご請求
ときには督促をかねたお問い合わせなんかもいたします
営業経理を担当するのは私一人なので
ミスをしないように、仕事が滞らないように
段取りを組んで慎重にこなさなければなりません
こんなことを言えるようになったのもここ最近
担当に就いた当初はミスの連発!!
周りの人に迷惑と心配をかけながらも支えられ
少しはスムーズに仕事が流れる(?)ようになってきました

取次さんの請求と支払の管理は
お取引している取次さんごとにその内容は複雑で
当初はなかなか理解できず困惑の毎日でした
出版社の営業経理経験がなかった私に
ある取次の仕入計算課のKさんというかたが、親切丁寧に教えて下さり
大変勉強させていただきました
残念ながら、その後Kさんはわが社の担当ではなくなられたので
今やお話する機会もなくなったのですが
Kさんには本当に感謝しています

社内の先輩方に支えられているのはもちろんのこと
取引先の方にもいろいろと教えていただき
少しずつ成長してきたと思っています
いつかKさんにはお会いしてお礼を言うことができればなぁ・・・

顔も知らない電話口だけでのやりとりでしたが
出会いというのは存在し
自己形成にも関わってくるものです(自分の経験上ですが)

子の親となった今でも
出会いを新鮮に受け止める心を忘れず
日々勉強と励んでいきたいです

あら、最初の文脈と少々ズレてる感がありますが
このような調子で熟々と綴ってまいります

営業部 A

本と消費税

突然ですが現在の消費税率は何%でしょう?

正解は4% (ご存知の方も多いと思いますが)
イジワル問題みたいですが、大まかに申しますと消費税4%とその25%分の地方消費税(4%の25%)である1%を合計した5%が、私たちが日常意識している消費税の正体です。

さてこの消費税(付加価値税)、当社の出版物にも当然課税されているのですが、税率が引き上げられた場合、どうなるのでしょう。意外や諸外国では税率の違いもあって、品物によって税率が違うときがあるようです。
例えば税率が10%になった場合、『書籍』もやっぱり10%なのか?それとも、税率据え置き(軽減)だ!となるのか、はたまた免税!なのか。先のことは判りませんが、ナンセわが社の取り扱い品目は、「書籍のみ」ですので、今回は気になる世界の国々の付加価値税率と出版物関連の軽減状況等をご覧いただきたく、少しだけ書いてみようかと思います。


国名        標準税率     書籍     雑誌     新聞

日本          5%       5%      5%      5%
韓国         10%     非課税    非課税    非課税
中国         17%      13%      13%     13%
イギリス      17.5%       0%      0%      0%
ドイツ        19%        7%      7%      7%
イタリア       20%       4%      4%       4%
オーストラリア   10%       10%     10%      10%
デンマーク     25%       25%     25%       0%
(2007.5 日本書籍出版協会作成資料より抜粋)

標準税率=消費税率、書籍・雑誌・新聞の区分は各々に適用される税率と捉えて下されば良いのですが、出版物って意外と軽減や非課税扱いになっている国が多いです。
書籍、雑誌、新聞等は、日用品などと同様に、生活に必要不可欠なもの(心の糧)として、税率の軽減等の措置がとられているのですが、これって結構すごいことですよね。
生活必需品は所得の多寡に係わらず購入しなければならないので、一律の付加価値税率を導入した場合、低所得者層ほど税負担割合が高くなってしまうのを防ぐという意味があるようです。
一例をあげれば、国によってはお料理用バターとお菓子用バターの税率が違うそうですよ。(お料理用は日用品、お菓子用は贅沢品だからだそうです)


「書籍・雑誌・新聞」が生活に必要不可欠なものであるのか?
税率の軽減等について、読者や一般の方々の支持がいただけるのか?
私にとっての出版物は、生活に無くてはならないものですが、みなさんはいかがですか?
出版に身をおく人間の一人として、一人でも多くの方に“必需品だ”と言っていただけるよう、努力していかなければと考えております。
“出版の文化と多様性”を残していきたいですね。


最後になりましたが、一ヶ月間お付き合いいただきまして、ありがとうございました。
来月は営業部のAが担当致します。よろしくお願いいたします。       総務部Y